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日の出をPART2


8月31日・・・。ひと月が31日ある月はなにも8月だけと限ったことではないのに、「31日(さんじゅういちにち)」という響きがなぜか物悲しく感じられるのはなぜだろう?

秋が近づいてきたとはいえ、日中の陽の光は最後の力を振り絞って燃焼しつくさずには夏は終われないとでもいうかのよう。思わず「そんなに頑張らなくていいよ」と空をうらめしく見上げてしまいます。「残暑厳しきおり・・・」といった手紙のあいさつ文は、まったくこの時期にぴったりの文章といえましょう。

さて物悲しく響くといった31日。言わずもがな夏休み最後の日ですね。思い出しませんか?一年でこれほど焦る日はなかった。

あれは小学何年生の夏休みのことだったろう?夏休みの自由研究に日の出の観測をしようと思い立ったのでした。

あらかじめ東の空の方角の絵を画用紙に書いておき、毎日日の出の位置と時間を記入していく。夏休みが始まる7月22・23日から8月31日まで、日の出の時間と位置はどう変わっていくだろうというテーマ。我ながらセンスの良いテーマを考えついたものだと酔いしれたものでした。

しかし、センスの良いテーマには、毎朝夜明け前に起床しなければならないという務めが不可欠ということまで考えが及ばなかったのは、軽率なことでありました。

そしてまた、その夏は梅雨が長びいて7月下旬は雨の日が続き、夏休み初日から数日間日の出を観測できる日に恵まれなかったのは、まったくもって残念なことでした。

初日から数日は母親に起こしてもらいながら、2階の東側の窓に待機してみたものの、東の空は雲におおわれて日の出を見ることが出来ないという日が続いたのです。

そのうち、寝床で母親に「東の空が晴れていれば起こしてくれ」になり、さらには「日の出の時間と場所をあとで教えてくれ」になり、最終的に8月31日までに、東の空の方角を描いた絵に記入できたのは母親が覚えていてくれた数日のみという結果。

8月「31日(さんじゅういちにち)」を迎えるたび、物悲しい響きとともに少年の日の夏休みにやった(やれなかった)日の出の観測のことを思い出すのです。

そんな訳ということではありませんが、せめて罪滅ぼしにと、あれから40年以上も経った今になって日の出の観測をやってみるのですが、もはやこの歳となってしまえば、センスの良いテーマとは言えないのは誠に残念なことであります。





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