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「辺境メシ ヤバそうだから食べてみた」


世の中はコロナ、コロナで人と会うのさえ気の引ける思いがしますから、旅行を楽しむなどは思いも及ばぬことです。たまにはちょっと贅沢に洒落たレストランでみんなで食事をなどということも、絶えて久しいです。(涙!

旅行がしたい、メシが食いたいという思いを少しでも鎮めようと、こんな本を手にしてみたのですが、行った旅行先も旅行先なら、食ったメシもメシ。あんぐりと開いた口がふさがりません。




筆者はノンフィクション作家の高野秀行氏。1966年生まれとありますから、55歳。結構なオヤジではありますが、そのノバイタリティーは月並みな言葉では表現できませんね。

我われが「辺境の地」ということばを発するとき、それはあくま我われの目線で見たものですよね。そこに住む人々にとっては、生まれてこの方ずっとそこに住んで日々の生活を営んでいるわけだから、「辺境」という概念は微塵もありませんね。日々生活を営むということは、何かしらの食物を食べているということだから、彼らはどんなメシを食べているのだろう。俺もそれを食ってみてやろうと、筆者は考えた。

まあ、ここまでなら筆者の並々ならぬ食文化への探求心に敬意を表してもいいとは思いますがね。ブックカバーに書かれた副題には、「ヤバそうだから食べてみた」と書かれていますから、どうも怪しい雰囲気が漂ってきます。目の前に置かれた食い物がヤバそうなら、「やめておこう」が普通というものでしょう。

高野氏が世界の辺境の地で食べてきたヤバイ食べ物数々は、今ここで活字に表記するのもおぞましくとても書けたものではありませんが、あえて二つあげておきましょうか。

南米ペルーの首都リマで食べた(飲んだ)という「ヒキガエルジュース」。中国は大連で筆者自ら調理して食べたという「胎盤餃子」。

辺境の地というから、南米ならアマゾン源流のジャングル。中国なら内陸奥地のゴビ砂漠かヒマヤラの山岳地帯を連想したくなりますが、リマにしろ大連にしろ超近代都市ではありませんか。


マンゴーやパパイヤというのなら私も飲んでみたいですがね。ヒキガエル1匹まるごとをアルファルファ草、タマネギ、マカ、キヌア、ウズラの卵・・・などと一緒にジューサーに入れてかき混ぜた緑ががかったドロッとした液体、これが「ヒキガエルジュース」。

日本は漢字圏の国ですから、「胎盤餃子」と書かれていれば、まず疑いなく「なんだ、餃子(ギョーザ)じゃないか」と思われるでしょう。しかしその前に書かれている二文字「胎盤」。これが単独で表記されているのであれば、何の問題もないのでしょうけれど・・・。

私も大好きな「餃子」であれば、普通「肉餃子」と書かれてあれば、中身は豚肉。「エビ餃子」というのもしばしば口にしますが、こちらはエビのむき身が包んであるとしたものです。

「胎盤」は哺乳動物の臓器意外に考えられません。嫌な予感を覚えながら読み進めると、胎盤は胎盤でもヒトの胎盤というから目が点になり、エッと思わず叫んだ口は、開いたまましばらく閉じることがありませんでした。

嘘か誠か中国では古来より人の胎盤は万病の特効薬であるとされてきたそうで、1990年代前半に筆者が中国に留学しているとき、親しくなった外科医が、「瀕死の病人が胎盤抽出液を注射して見事に蘇生した」と真顔で言っていたと書いてあります。

余談になりますが、プリセンタエキス配合の美容液は、今日広く日本でも知られているところですが、この「プリセンタ」って英語で「胎盤」のことだそうです。・・・知りませんでしたというべきか、ずっと知らないままでいたかったというべきか。(笑!

さすがにその当時の中国でもヒトの胎盤はそうそう手に入るものではなかったそうで、どうしても「胎盤餃子」を食べてみたいという筆者のために、友人が「親戚に死にそうな年寄りがいるのでどうしても一つほしい」と知り合いを通じて頼み込んであった病院から、「胎盤」を用意してくれたのだと。

はたして「ヒキガエルジュース」と「胎盤餃子」の、その味はどうだったのか?それはここではあえて書かないことにしておきましょう。

どうしても知りたいという方は、リマと大連へ行かれて味わってみられてはいかがでしょう。(笑!







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「落語的学問のすすめ」


抱腹絶倒、腹筋運動もしていないのに翌日お腹の筋肉が筋肉痛になってしまうこと間違いなし。


今や関西を代表する落語家の重鎮、桂文珍さんが、大学教授として高座ならぬ講座に立たれた体験をお書きになっておられます。





もともと関西大学で長きにわたって、授業を持たれていた実績を買われたのでしょう。慶應義塾大学でもぜひにと請われて特別講座を持たれた時の授業内容を編集されたもののようです。

・・・なるほど、それで「学問のすすめ」か。(笑!

ずいぶんお若いときから、このような講座を大学で持たれるというのは、落語はもとよりこの方の並々ならぬ才能を如実に表しているものといえましょう。



関西大学では、自分の講座が必修科目だったので、落第をつけると卒業できない学生がいた。その学生は、花丸のひまわりの絵が描いてあるだけの答案用紙を出して、どうか単位を下さいと懇願したそうです。いくらなんでもこんな学生に単位はやれないだろうと、本職の教受にどうしたものかと相談したら、その先生の答えがシャレていた。

落第させたら来年も面倒見なあかんでしょ、卒業させた方がいいでっせ・・・って、これじゃ吉本のノリだ!(笑!

ではと、その学生の入学の成績はどうだったかと調べたら、推薦入学だったそうなんですね。


そこで文珍師匠はつぶやくのです。


「スイセンで入学して、ヒマワリで卒業か!?!?」


う~ん、さすがご本職だけのことはある。座布団10枚!!



講座は第1講から第9講まであるり、古典芸能論から笑いのルーツ、笑いの効用、笑いの国際比較文化論などなど多岐にわたって、桂文珍さんの知識の豊かさ、明晰な頭脳を垣間見ることができます。

笑いは健康にもよいと科学的に立証されていますでしょ。第一に「笑う門には福来る」といいますから、このコロナ禍下、私もぜひその効用にあずかりたいものだと思うのであります。









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使ってみたい武士の日本語


人から「あなたの趣味は?」と聞かれれば、「読書」と答えるのが無難なところでしょうか。ところが、中には「どのような本を?」とさらに問いかけてくる人がいたりして、戸惑うことしばしばです。(笑!

「時代小説を少し・・・」とお茶を濁そうとすると、「作家ではどなたを?」などとなかなか追及の手を緩めてくれません。さらには「時代小説のどんなところに魅力を感じますか?」とまで問うてくる人がいて、返事に窮した経験が一度あります。

たぶんその方も歴史小説がお好きなのでしょう。そこで逆に「あなたは誰のファンですか?」と質問したら、「司馬遼太郎、藤沢修平、池上正太郎、柴田錬三郎・・・」と大家がずらりと出てきたのには恐れ入りましたね。

時代小説の魅力はといわれても、私は読書量が多くありませんから、これこれとはっきりと断ずることができないことをまず以ってお許しいただかなければなりませんが、私を時代小説に導いたのは、もしかしたら「武士言葉」の醸し出す不思議な雰囲気に魅かれたからと言えるかもしれません。

この本を手にしてそのことに気づきました。

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その第1章「武士の決まり文句」の最初に取り上げられていたのが、「大儀である」。

その昔大名家の世継ぎとなった男児には、必ず扶育係がつけられた。藩の将来を担うことになる世継ぎの若様には、扶育係によって幼い頃より自分の感情を表に出さぬよう厳しく教育されたといいます。名君と歴史に名を残す人物は、総じて寡黙であったといいますから、なるほどと納得もできますね。

感情を表に出さぬには、しゃべらぬことが一番。そこで扶育係はこのように幼君に言って聞かせたのかもしれません。

「若様、人前ではかまえて『大儀である』と『重畳である』以外の言葉は発せられてはなりませぬぞ」(笑!

当然のことながら「かまえて」も「重畳である」も武士言葉。第1章に取り上げられています。


何故に武士言葉がそれほどまでにおもしろいかというと、「ま、いっぺぇやんね~」が「ささっ、一献参ろう」になり、「ちょっとすまねぇが・・・」が「卒爾(そつじ)ながら・・・」。「しまった、やりそこなった」が「これはしたり、仕損じた」、「まったくわけがわからねぇ~」が「はてさて面妖な」となる。

もっぱら江戸時代に限っても、このような二つの言語を話す別々の社会が存在した。

売れっ子時代小説作家・風野真知雄の新刊「潜入 味見方同心3 五右衛門の鍋」の第2話「海たぬき」。

風野は、主人公の味見方同心・月浦魚之進に、あえて武士らしからぬ言葉使いをさせて、魚之進の好人物ぶりを巧みに描いています。




突然にやくざ風の無頼漢5~6人に取り囲まれた魚之進。「南町奉行所同心、月浦魚之進と知ってのことか」と言ったまでは武士言葉。とっさに手にしていたアツアツの今川焼きを襲ってくる無頼漢に投げつけ、相手がひるんだすきに脱兎のごとく逃げ出した。前方に桑名藩松平家の辻番が見えてきたので応援を請うたまではよかったが、思わず「助けてくれ」と言ってしまった。

無頼漢が逃げて難を逃れてからのこと、松平家の辻番にこう言われてしまった。「お主、助けてくれと言っていたな。・・・そういうときは曲者だと叫ぶのだ」と。(笑!


武士言葉に着目して時代小説を読む。おもしろからずや。







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川柳に嵌まり込むお歳ころ


今読んでいる本、「60歳からの新しい川柳」(時実 新子 監修 杉山昌善 著 実業之日本社)




私が川柳に嵌まり込んだのは、そばの歴史について調べているうちに、そばが今のように細く切って食べられるようになったのは、江戸時代の初めごろと知ってからです。

江戸の庶民はそばをどのように食べていたのかなどに興味を抱いていくうちに、江戸の街や庶民の暮らしぶりも自然と知ることになります。その中で出合った一冊の本が、私を川柳の魅力に誘うことになったのです。

その一冊とは、「江戸川柳で現代を読む」(小林弘忠 著 NHK出版)





自由奔放で赤裸々な当時の江戸市民の人情に厚く、粋で洒落た優れた感性のとりこになりました。


残念ながら私は、江戸の街並みを江戸の市民の暮らしぶりをこの目で見ることは叶いませんので、江戸川柳を通じて見るということになりますね。さらに生きているのは紛れもない現代ですから、現代川柳というものも勉強してみたいと思うようになったのです。

「60歳からの・・・」の60歳には、少々抵抗を感じないわけではないのですが・・・(笑!


この現代川柳については、少々私の思うところとズレがあるように思えます。即ち江戸川柳とは違った領域で、おもに自分自身を見つめるのが現代流。社会・他人を見るのが江戸流ということになるのかな?

これについては、機会をみてお話したいと思いますが、何よりも驚いたことは、「川柳」って人の名前だったということ。

柄井 川柳(からい せんりゅう)という江戸時代の俳人を皆さんはご存知でしたか?


そして、どうも川柳にはそれに引かれる年代というものがあるらしいということ、それが人生の酸いも甘いも分かり始める50歳代後半だということ。ある意味であきらめの境地も混ざり始める60代前半はその最たる年代だということも。(苦笑!

なるほど多くの人がそうであったように、私もそんな年頃に近づいてきたのかなと思うと感慨深いものがあります。


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今読んでいる本、「60歳からの新しい川柳」(時実 新子 監修 杉山昌善 著 実業之日本社)




私が川柳に嵌まり込んだのは、そばの歴史について調べているうちに、そばが今のように細く切って食べられるようになったのは、江戸時代の初めごろと知ってからです。

江戸の庶民はそばをどのように食べていたのかなどに興味を抱いていくうちに、江戸の街や庶民の暮らしぶりも自然と知ることになります。その中で出合った一冊の本が、私を川柳の魅力に誘うことになったのです。

その一冊とは、「江戸川柳で現代を読む」(小林弘忠 著 NHK出版)





自由奔放で赤裸々な当時の江戸市民の人情に厚く、粋で洒落た優れた感性のとりこになりました。


残念ながら私は、江戸の街並みを江戸の市民の暮らしぶりをこの目で見ることは叶いませんので、江戸川柳を通じて見るということになりますね。さらに生きているのは紛れもない現代ですから、現代川柳というものも勉強してみたいと思うようになったのです。

「60歳からの・・・」の60歳には、少々抵抗を感じないわけではないのですが・・・(笑!


この現代川柳については、少々私の思うところとズレがあるように思えます。即ち江戸川柳とは違った領域で、おもに自分自身を見つめるのが現代流。社会・他人を見るのが江戸流ということになるのかな?

これについては、機会をみてお話したいと思いますが、何よりも驚いたことは、「川柳」って人の名前だったということ。

柄井 川柳(からい せんりゅう)という江戸時代の俳人を皆さんはご存知でしたか?


そして、どうも川柳にはそれに引かれる年代というものがあるらしいということ、それが人生の酸いも甘いも分かり始める50歳代後半だということ。ある意味であきらめの境地も混ざり始める60代前半はその最たる年代だということも。(苦笑!

なるほど多くの人がそうであったように、私もそんな年頃に近づいてきたのかなと思うと感慨深いものがあります。


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