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「徳川将軍の意外なウラ事情」


どちらかといえば日頃より本を手にすることが多い方だと思いますが、中でもいわゆる雑学ものといわれるジャンルは、気軽に読めて疲れないから好きです。

今読んでいるそんな疲れない本
「徳川将軍の意外なウラ事情」 (中江 克己著 PHP出版)



初代家康から15代慶喜まで、時代背景と主だった事件、そして将軍の性癖などが取り上げてありますが、歴史好きに限らず"ウラ事情"を覗き見れるというのは、興味深いものがありますでしょ。(笑!

また、時代小説を読むにしても、その時代の将軍が誰で、幕閣の権力者は誰で、時代背景はどんなだったかなどの予備知識があれば、もっと小説を楽しむことができますね。




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時代小説が好きPART175「ふりさけ見れば」(5)


日経連載小説「ふりさけ見れば」、毎朝の新聞が楽しみです。

日本人なら「ふりさけ見れば」と聞けば、誰しも「春日なる三笠の山に・・・」と口をついて出て来ようというもの。「遣唐使」「阿部仲麻呂」「ふりさけ見れば」は、いわば歴史の3点セット。

筆者の安倍龍太郎は、ここ十数話唐に残った主人公阿部仲麻呂はしばらく置いておいて、日本に帰国した仲麻呂の盟友吉備真備の活躍を描いています。どうして仲麻呂は帰国船に乗らなかったのか、どうも真備はその理由を薄々感じ始めたようです。

くしくも日本では新羅より帰国した朝廷の使者が持ち帰った痘瘡(もがき)の感染が広がり、都は大混乱に陥った。仲麻呂の代わりに唐からやって来た、最新の医術を習得している仲麻呂の双子の息子、翼(つばさ)と翔(かける)は、感染を食い止めんと懸命な努力をするのであったが・・・。


「・・・典薬寮では、この先どれくらいになると見込んでいる」

「住人の四割から五割が発症し、そのうち半数が死ぬのではないかと見ています」

「馬鹿な。都には八万人ちかくが住んでいるのだぞ」

「・・・典薬寮には二十人ばかりの医師しかおらず、市中医を合わせても百人ほどです。数万人の患者に対処することは出来ません」


まさにそれから1500年もの歳月が経ち、格段に医療技術が進歩しているはずの現代においてさえ、世界中の民が同様の苦しみを味わっていることを思えば、当時の人々の絶望的な気持ちがひしひしと伝わってきます。

歴史をふり返れば、白村江の戦いで日本が唐と新羅の連合軍に大敗してより、大和朝廷は唐の属国としての立場を甘受する政策をとった。遣唐使もその一環ということができますね。ところがそれを潔しとせぬ一派が朝廷内には根強く残っており、平城京の建設という大事業においても両派の葛藤が避けられなかったと、安倍龍太郎は別著「平城京」でも取り上げています。

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さてこの思いもよらなかった痘瘡(もがき)の感染は、その後のわが国の進路と密命を帯びて唐に残ることになった仲麻呂に、どのような影響を及ぼすことになるのでしょうか?

安倍龍太郎の筆が待たれます。







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時代小説が好きPART174 辻番奮闘記 四「渦中」


今読んでいる本、上田秀人著 辻番奮闘記 四 「渦中」

江戸時代にあった武門のさまざまな役職に注目し、その職に就く主人公をヒーローにしたてた、ストーリーを書かせたら右に出るものがいないといえる著者が、今回取り上げたのは、「辻番」。若き平戸藩松浦家の江戸詰藩士・斎弦之丞(いつきげんのじょう)の活躍を描く。




時代背景を巧みにストーリーに盛り込む天才上田が、今回取り上げたのは「タイオワン(台湾)事件」。

寛永5年(1628年)、当時の長崎代官・末次平蔵が台湾での貿易の権益を巡ってオランダと衝突し、平蔵配下がオランダ台湾政府長官を人質にして長崎に連れ帰ってしまったという事件。この紛争が幕府の耳に入り貿易に影響が出ることを恐れた平蔵と平戸藩主・松浦隆信が、「台湾でのオランダの拠点・ゼーランディア城を将軍に譲れば許す」という内容の偽の返書をオランダに提示しことが発覚して、平蔵は捕らえられて獄死。松浦家には表向きお咎めなしというままに終結したこの事件に、上田は何か裏があったにちがいないと着目したのであろう。

時は三代将軍家光の治世。家康、秀忠にわたって幕府の執政を担った土井大炊頭(おおいのかみ)利勝。秀忠が将軍職を家光に譲るとき、「天下とともに利勝を譲る」と言ったがために、利勝は家光の世でもその権を欲しいままにした。

家光とその忠臣・松平伊豆守信綱、安倍豊後守忠秋、堀田加賀守正盛らにしてみれば、目の上のこぶ大老土井利勝を何としても排斥したい。そこで知恵伊豆と呼ばれた信綱は、十数年前に起こった「タイオワン事件」に利勝が関与していたのではないかと考えた。

「大炊頭が隠し交易に関わっていた証を探し出せ」

老中首座・松平伊豆守信綱の密命が松浦家に下だり、弦之丞は江戸から長崎の地に赴任することに・・・。

幕府、藩、大商人など、個々の利権を巡る闘いに巻き込まれ苦悩する若き辻番頭・斎弦之丞。はたして弦之丞は、この難局を切り抜け、見事藩の窮地を救うことができるのだろうか。





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「江戸っ子」の由来


わが国の首都東京は、その昔江戸と呼ばれたのは知らぬ人はいませんね。その江戸で親子三代生まれ育ったものを江戸っ子と呼ぶことはよくご存知でしょう。

「てやんでぇ~、こちっとらぁ~江戸っ子でぇ~。そんなまどろっこしいこたぁ~、我慢ならねぇ~!」

粋でいなせで情にもろく、細かい事にはこだわらない。意地っ張りで喧嘩早いかと思えば、普段駄洒落ばかり言って愉快がっている。・・・う~む、なかなか憎めない性格ですな。(笑!


さて江戸っ子の気質は分かったとして、それではどうして「江戸っ子」と言うようになったか、ご存知でしたか?

江戸っ子の由来について、時代小説の巨匠柴田練三郎が「江戸八百八町物語」で解き明かしています。



家康から秀忠の御世となり次第に平穏無事な時代に移って来ると、旗本大久保彦左衛門のような功名槍一筋に生きた戦場武者は、幕府にとってすでに無用の長物。彦左衛門の不幸は、戦雲あわただしい時勢から、吹く風が枝も鳴らさぬ太平の時勢にまで生き延びたことであったと、筆者は書いています。

齢70歳を迎えても家督を譲るべき息子を持たぬ彦左衛門は、隠居願いも出すわけにもいかず、古稀を迎えたからには毎日登城するのも大儀であろう故、気ままにせよと下命されても、毎日出仕し続けたそうです。しかし、さすがに70なかばを超えると登城もままならず、日長一日屋敷で暮らす日々であったと。

そんな彦左衛門の退屈しのぎに町人を屋敷に引き入れ、彦左衛門が町人たちに昔の武勇話を聞かせたのが、そもそも「江戸っ子」の由来につながったというのです。

彦左衛門が町人たちに語った太閤秀吉の九州征伐の話。秀吉の弟大和大納言秀長を大将とする豊臣勢9万余を迎え撃った、薩摩島津の将兵はわずかに2万余。死を覚悟した薩摩の将兵の腕には、皆「今月今日討死、何の何某」と入墨がしてあったと彦左衛門が町人に聞かせたところ、町人たちが打ち揃って彦左衛門にこう願い出たというのです。

自分たちは駿河から御旗本衆について江戸に出てきたもの。この城下に子々孫々まで住みつく覚悟である。自分たちが他国者たちと違っている徳川譜代の町人だという誇りを持ちたいので、その名前をつけてくれ。そうすればそれを腕に彫って証としたいと。

しばし瞑目した彦左衛門が、「江戸っ子、というのはどうだ」と言うと、町人たちは歓声を上げたと。

以来、町人の間に腕に「江戸っ子何某」と刺青して得意になる風潮が、彦左衛門の屋敷があった神田駿河台一円にひろがったのだと。


旗本の中の旗本、時代劇でも今日にその名を残すあの大久保彦左衛門が、「江戸っ子」の名づけ親だったという話でした。





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「駅そば」読本


うどんとそばについてよく言われているのは、「関東はそば、関西はうどん」というのが一般的ですね。その「だし」となると、「東のかつお、西の昆布」ということも広く知られています。ではうどんやそばに欠かせぬ薬味・ネギはどうかというと、「東は白ネギ、西は青ネギ」となる。

まあ、これくらいの知識なら私にもあるとしたものですが、なんと全国1,700軒の駅そばを食べ歩いて、それを検証したという人がいるとは恐れ入りました。


うどんとそばについてよく言われているのは、「関東はそば、関西はうどん」というのが一般的ですね。その「だし」となると、「東のかつお、西の昆布」ということも広く知られています。ではうどんやそばに欠かせぬ薬味・ネギはどうかというと、「東は白ネギ、西は青ネギ」となる。

まあ、これくらいの知識なら私にもあるとしたものですが、なんと全国1,700軒の駅そばを食べ歩いて、それを検証したという人がいるとは恐れ入りました。

『「駅そば」読本』を表したフリーライターの鈴木弘毅さん、その人です。



まず、だしについての東西の線引きは、東海道線では岐阜大垣駅までがかつお、滋賀県米原駅まで行くと完全に昆布ということでした。北陸線での境界は我が故郷の富山駅。構内に2軒ある店のうち1軒はかつお、もう1軒は昆布だと書いてあるのには驚きました。

北陸新幹線が金沢まで開通してから、富山駅は様変わりしてしまいましたが、旧北陸線当時には確かにプラットホームに駅そばが2軒ありました。しかしそのだしの違いについてまでは、承知していませんでしたね。今となっては、確かめようがないのが残念です。

次にネギについての記述。その境界はというと、静岡県の熱海駅までが白ネギ、三島駅から西は青ネギだということです。だしは東の静岡県でありながら、ネギはその静岡県でも西と東に分かれているというのは、ひじょうに 興味深いですね。

私は富山県でも西部に位置する高岡市に住んでいますので、鈴木さんのいう駅そばのだしの境界線のやや西側圏になりますか。当地では、かつおも昆布も両方使ってだしをとっているようですが、富山のだしと比べると確かに色はずいぶん薄いです。しかしお隣石川県金沢で食べる駅そばは、高岡のものよりずっと京風のだしで、富山のだしと比べるとまるで色がついていないように思えるほどの薄い色です。

使用している醤油で東西を分けるとすれば、富山県までが濃い口、石川県へ行くと完璧に薄口となりますから、境界線は源平の合戦で有名な倶利伽羅(くりから)峠ということになりましょうか。(←これは私の説です)

ちなみにネギは完璧に白ネギですから、富山県では静岡県とは逆で、ネギは東であるのに、だしが東西混在していることになりますね。さらにだしに使ってある醤油でいえば東というのですから、ややこしい。(笑!


皆さんの地方の駅そばのだしは、何で取ってありますか。使ってあるお醤油は薄口、濃口?薬味のネギは白、それとも青?




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