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月みればちぢにものこそ悲しけれ


一昨日9月12日(木)の日本経済新聞の気象欄を見ますと、昨日9月13日の暦が載っていて、旧8月15日と書き添えられています。月齢は、13.7となっています。昨晩は各地で中秋の名月を観賞された方も多いのではないでしょうか。

ものの本で読んだ話の受け売りですが、月をめでるという行為を楽しむのは日本人だけそうですね。アメリカ人に月見をしようと誘ったら、当日望遠鏡持参でやって来たのには往生したとか。なるほど月見に違いありませんが、日本人のいう月見の感覚を教えるのに苦労したということです。


月みればちぢにものこそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど


観月に望遠鏡を覗こうとするかのアメリカ人に、月を見ると身の回りのことがあれこれ際限なく悲しく感じられてくる。私一人だけではなく、みんな月を見ているだろうに(みんなもやはり悲しい気持ちになっているのだろうか・・・)と詠じた、古の平安歌人の心の中を見せてやりたいですな。





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「晩夏」の響きPART2


紅くして黒き晩夏の日が沈む 誓子

山口誓子の目には、晩夏の日が紅くて黒く映ったということです。


人が夏の終わりに抱く物寂しい感情を紅くして黒いと表現したこの俳人の非凡なる感性には、驚き入るばかり。


春夏秋冬季節は巡るのですが、季節の終わりに同じように「晩」をつけても、どうして挽歌だけがこうももの悲しく感じられてしまうのでしょうか。






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武蔵野


今や花の都東京の新名所となって久しい東京スカイツリー。その高さ634mは、かっての武蔵の国の「ムサシ(六三四)」にあやかったものというのは、皆さんご承知のとおり。

逢坂の関より東へは足を踏み出したことがないという古の都人は、武蔵の国などというのは、家康が江戸に幕府を開いてからさえも、僻地も僻地、人の住むところではないと思っていた。

事実、「武蔵野は月の入るべき山もなし 草より出でて草にこそ入れ」という狂歌が残っているくらいですから、荒漠とした荒れ野原であったことが想像されます。

今私が狂歌と言ったのは、この歌には別の意味が込められていて、荒れ野原を歌ったというよりは、むしろこちらの方が本筋と言えるくらい。


江戸の美味いものを題材にして、当時の人々の暮らしと生き様を鮮やかに蘇らせるエッセイ「大江戸美味草紙(むまそうし)」(杉浦日向子著)に、この歌が紹介されております。

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その「酔い覚めて」の章より、酒について。江戸人はどのくらい酒を飲んだか?杉浦さんは文献を徹底的に調べて、当時の酒量をこう計算しています。

上方から入って来る上質な清酒(下り酒)は、一樽が3斗6升入りで年間100万樽。当時の江戸の人口を100万人として、その半数が飲酒したとすれば、1人1年7斗2升、一か月6升。すなわち一日2合、休肝日なし。

このほかに関東の地酒が年間15~16万樽、焼酎が3万樽消費されたことを合わせると、まさに江戸は酒びたしの街であったと。江戸ッ子がおっちょこちょいで喧嘩ッ早いのは、いつもほろ酔いかげんだったからではないかとまで言わしめています。

江戸人と酒を語るとき、冒頭にあげた「武蔵野」は切っても切れない関係にあると、杉浦さんは書いておられます。


武蔵野は見渡す限りの原野。すなわち、野見尽くせぬ地。呑み尽くせぬ・・・。

そこで呑み尽くせぬほどなみなみと酒の入る大盃のことを「武蔵野」と呼んだのだと。

この「武蔵野」を使った大酒飲み大会の記録が残っているのだとか。文化14年(1817年)3月23日、両国柳橋の料亭「万八桜」で行われたのだそうです。その記録たるや俄かには信じられないほどの大記録。

68歳の堺屋忠蔵さんは、3升入る「武蔵野」で3杯(9升)飲んだとか。かたや30歳の鯉屋利兵衛さんは、こちらはなんと6杯半(1斗9升5合)。さすがに酔いつぶれてしまったそうですが、この話には続きがあって、利兵衛さんは目覚めてから茶碗に水を17杯飲んだということです。

・・・よく目が覚めたものだと感心しますね。(笑!


酔い覚めのぞっとするとき世に帰り

あの世から急転直下生還したような気持、したたかに酔いつぶれ、目覚めたときの酒飲みの心中を押し測った川柳、見事ですね。

水を17杯飲んだという利兵衛さん、閻魔大王に酒臭いと言われ、この世に舞い戻れたのでしょうか?







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鮎釣りの思い出


わが故郷北陸富山は、南側には北アルプスの3000m級の山々が屏風のようにそびえ立ち、そこを源とする川が中央の平野部を流れ、富山湾に注いでいます。

私は富山県西部の商業都市高岡市の在住。仕事の関係で県都富山市へはよく出かけますが、この行き来には、富山平野を流れる二つの大河を渡ることになります。

まず高岡から富山方面へは、出てすぐに庄川を渡らなければなりません。それから車を走らすことおおよそ30分。富山市中心街へ入る直前には、神通川を渡ることになりますね。

昨日も所用で富山まで出かけたのですが、2本の大河を渡っていると、何れの川でも川の中に胸まで浸かって竿を繰り出している多くの釣り人を見かけました。

・・・おおっ、これは釣りだな。釣果はどうかな?


鮎釣りといえば、20代のころ、これに熱中したことがありました。鮎といえば友釣りが有名ですが、私が凝ったのはドブ釣り。毛針釣です。

ここでその鮎釣りの変わった経験談を一つご披露したいと思います。

朝から釣果に恵まれ、ホクホク顔で竿を操っていると、いつにない大きな引き。釣り上げた鮎を見ると、鼻には鼻管が、尻ヒレには逆さ針が打ってあり、鼻管からはてぐすが長く延びていました。

ナント友釣りの囮から逃れた鮎を釣ってしまったのです。囮になるだけに良型の鮎、25~6センチはあったでしょうか。さすがにおとり針は切れて引きずってはいませんでしたが・・・。

いかに生きていくためには餌を捕食しなければならないとはいえ、どこまで人間にいたぶられれば気がすむのか、この鮎がかわいそうになり、鼻管と逆さ針を外して、川に逃がしてやりました。それからどうしたというのでしょう、ピタリと釣れなくなって、早々に竿を収めたことが思い出されます。

きっと逃がした鮎が、今日は虫に喰らいつかないほうがいいと、仲間の鮎に言いふらしたのだと釣仲間から冷やかされましたが・・・。(苦笑!



鮎の香を聴かんと 窓下げ橋上をゆく





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本句取り


一昨日の日曜日のことです。早朝に会社に来てみると、周りがずいぶん騒々しいので驚きました。

これはどうしたことかと窺えば、会社社屋から市道一本向こうに流れる川の土手に生えた草を刈っている草刈り機のエンジン音。市から委託されているのでしょう、7~8人の人が背丈ほどにまで成長した草木と格闘しておられました。

社屋2階の事務所の窓からその様子をパチリ。

土手の草刈り


たまたま機械の調子が悪くなったのか、一番左の人がしばらく機械を止めて調整しているようでしたが、上手くエンジンが始動しないので、同僚を呼んでいるところです。

写真を撮るのに窓を開けると、ブ~ンという草刈り機のエンジンの合唱音とともに、エンジンの排気ガスと刈られた草の青臭い臭いが混じった、何んとも表現のしようのない臭いが鼻をつきました。

気温が上がらぬ早朝から、おそらく明け方の薄暗いころから始められたのではないでしょうか。この写真を撮った6時ごろには見てのとおりだいぶ仕事も進んだようです。7時過ぎに気づいたときには、エンジンの音もすっかり止んで、何事もなかったかのようにいつもの静かな日曜の朝に戻っていましたから。


夏草や夢も見ぬまに刈られけり


和歌の世界では本歌取りという手法を用いた歌があることは、私も高校の時に習って知っています。確か古の有名な歌から一句か二句取って来て、本歌とは違った内容の歌に仕上げるというのでしたか。

ところが俳句の世界で「本句取り」というようなことは、聞いたためしがありませんね。俳句に使える文字数は、短歌よりさらに14文字絞られて全部で17文字ということになりますから、古句から取れる文字数にも制限があるということなのでしょう。駄句になるのがオチですね。

俳句をこよなく愛し俳句に精通した人たちからひんしゅくを買うのを覚悟して、あえて駄句を披露してみました。・・・ゴメンナサイ。






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