「アイム・ファイン」PART3 「空飛ぶレタス」


人気作家・浅田次郎氏が、JALの機内誌に連載した珠玉のエッセイをまとめたエッセイ集第2弾「アイム・ファイン」を書棚から取り出して、また読んでいます。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

アイム・ファイン! (集英社文庫) [ 浅田次郎 ]
価格:529円(税込、送料無料) (2017/5/17時点)




浅田のプロフィールを調べるまでもなく、氏の少年時代を題材にしたエッセイを読めば、氏はいわゆる団塊の世代の終り頃の世代だということがわかります。

そのもっとも代表的なエッセイをひとつあげるとすれば、「アイム・ファイン」の終りころに収録されている「空飛ぶレタス」。



いったいどうしたらレタスが空を飛ぶというのか?

ことの発端は小学校5年生の土曜日の放課後に友達と広げた弁当にあった。友達の弁当には、浅田少年が今まで見たこともないキャベツのような瑞々しい葉っぱが添えられていた。

・・・何ということだ。こいつの家ではキャベツを切らずに食べるのかと思ったという浅田少年。それがキャベツではなくレタスという野菜だということを知った浅田少年が、家へ帰るや「レタスが食べたい。レタスが食べたい」と母親にせがんだところ、その日の夕食の食卓に手のひら大にちぎられたレタスが大皿に盛られて載ったのだそうな。

浅田少年は嬉々としながら、家長である爺さんがレタスに箸をつけるのを待っていたところ、浅田少年の意に反して爺さんは箸をつけるどころかこう言い放った。

「これは何でえ」と。

「レタスです。お塩を振って食べてください。次郎の大好物なんです」と母親。

「進駐軍の食べ物かい」と爺さん。

「あの、おじいさん。進駐軍はあらかしアメリカへ帰っちまいましたよ。再来年は東京でオリンピックが」と、

その時「デェーイ」という爺さんの叫び声とともにレタスが空を飛んだのだったと書けば、ことの顛末が推察されようというもの。


私たちの食生活が高度経済成長とともに変化した時代の、一片のエピソードであると浅田は書いています。

家長は決して反省したりあやまったりせずにソバ屋へと向かい、母は泣く泣くあと片付けをして子供らに別誂えの食事をふるまい、その子供らは祖父や父の偉さを改めて実感しつつ、かつ母を労わるのであると。


東京オリンピックを迎えた時は、私が小学校3年の時であったことを思えば、浅田氏は私より5~6歳人生の先輩であるわけですが、その5~6年の歳月がそうさせたのかどうかはわかりませんが、わが家では幸いなことにレタスが空を飛ぶというようなことはなかったと記憶しています。

その後レタスは急速に普及し国民の食卓を豊かにした食材の代表格となりましたが、果たしてかっての浅田家のように空を飛ぶということがあったのでしょうか?


それにしても、「デェーイ」が何とも魅力的に写るのは、私だけでしょうか?( ← イエローカード!・・・爆笑!





◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**

にほんブログ村

コンビニの鴨そばを食べてみた♪


昨日食べたそば。鴨そば。




何とコンビニの弁当売り場に並べてありました。スープがゼラチンで固めてあって、そのまま電子レンジで1分半チンすれば、ごらんのようにアツアツの鴨そばの出来上がり。

便利な時代になったものです。



◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**

にほんブログ村

明けの明星


秋が深まるにつれてすっかり日が短くなって来ました。
携帯のカメラ機能で撮った写真を整理していたら、このような写真が出て来ました。10月11日5時21分と記録されています。日の出の写真を何枚か撮ったものが消去されずに残っていたようです。




茜色に染まった北アルプス立山連峰の山々の稜線の上方、画面中央の白く写って見える用水路の延長線上にある尖った頂(剣岳、標高2997m)の上空にご注目ください。白い点のようなもの、これは明けの明星でしょう。

地球同様に太陽の周りを公転する金星が、どのようなときにどのように輝いて見えるのか、きっと地球と金星の公転周期から計算されるのでしょうけれど、天文知識のない私は、情けないかな「明け」と「宵」の二つの呼び名がある惑星ということしか承知していません。



◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**

にほんブログ村

灯火親しむ候


仕事に追われ日々時間に余裕のない生活を強いられている現代人にとって、1年365日どこをとっても1日は24時間と決まっております。
秋分の日が過ぎてやがて一月も経てば、昼夜の長さは完全に逆転してしまいます。夕方5時を過ぎれば辺りはもう薄暗くなっているのに気づき、思わず仕事の手を早める人も多いのではないでしょうか。

では昔の人はどうであったかというと、当時の時間の単位は文字どおり「時(とき)」、一時(いっとき)が現代の単位で約2時間ということになります。今約2時間と言ったのには訳があって、昔の時間は昼と夜で長さが伸び縮みしていたがために、はっきりと2時間と言い切ることができなかったのです。

「旧暦はくらしの羅針盤」(小林弦彦著 生活人新書)に詳しく書かれております。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

旧暦はくらしの羅針盤 [ 小林弦彦 ]
価格:734円(税込、送料無料) (2016/9/27時点)




すなわち、昼は昼で日の出から日の入りまでを6分割したものを一時(いっとき)とし、夜は日が暮れてから翌日日が昇るまでを6分割していたから、これからの季節昼より夜の一時の方がはるかに長くなるというわけ。反対に夏になれば、昼の一時が断然長くなる。「秋の夜長」や「春眠暁を覚えず」の例えは、こういった背景があって出たものだということが推察されます。

文明の力・電気の恩恵を受けている現代と違って、昔は日が落ちれば月夜でもない限り夜は真っ暗。ろうそくや行燈の油などは、当時は超高級品であったがために、夜になればそれこそ寝るだけ。せいぜい囲炉裏端で囲炉裏の火をたよりに、細々と夜なべ仕事をするくらいだったことが想像されます。

季節はまさに「読書の秋」。「灯火親しむ候」とは、まさにこれからの季節を言うのでしょうが、二宮金次郎の例えをひくまでもなく、昔の人は本を読むにも時間に物理的な制約があったことが窺い知れます。そもそも本を手に入れること自体並大抵のことではなっかたことを思えば、現代に生きる我々は何と幸せなことかと思うのです。



◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**

にほんブログ村


日中韓で聞いてみた・・・親は子供にどんな大人になって欲しいか


親がわが子に抱く期待、それは大きいものがありますよね。
一昔前なら、末は博士か大臣かって言ったくらいですからね。

カエルの子はカエルっていうこともよく承知していながら 、つい口走ってしまう人多いのじゃないでしょうか。

「勉強しろ!」
「そんなことじゃ、えらくなれないぞ!」



こんな調査結果が出ているそうです。

親が子供にどんな大人に成長してもらいたいか?
日本、韓国、中国で聞いてみたのだそうです。

日本:「強調性のある人間になってほしい」

韓国:「指導力を発揮できる人間になってほしい」

中国:「仕事で能力を発揮できる人間になってほしい」

という答えが一番多いのだそうです。


・・・なるほど、特徴というかお国柄がよく出ていますね。

韓国はその北にあるお国も含めて、黙っていては存在していないのと同じこと、言うべきことは主張するって感じがしますよね。他人より抜きん出ることをまず一番に考える国民性がよく表れています。

中国は多くの国民の中で、何か突出しないことには目立たない、エリートに入れないっていう悲壮感とも焦りにも似た感情が、根底にあるような気がしませんか?
それゆえに能力を第一義に挙げるということでしょうか?

その点日本は、変っているといえば変っていますよね。

「もの言えば唇寒し・・・」「目は口ほどにものを言う・・・」なんてこと外国人には理解しがたいでしょうね。

「まぁ~、まぁ~、そう目くじら立てずに、ここは一つ穏便に・・・」
無意識のうちに、このような解決方法を取るのが日本人。


皆さん、いかが思われますか?

日韓、日中の間の歴史認識問題、領土問題がなかなかに解決を見ないのは、日中韓三国の国民の発想の仕方が根底からずれているからといえるような気がして来ます。




◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**

にほんブログ村